| ■ 私の歩んだ老人医療 その3
昭和62年の12月から勤務した200床を超える老人病院は、6つの病棟にほぼ満床の患者様を抱え、私を含め6,7名の医師が勤務していました。さっそく、ひとつの病棟の担当になりました。患者数は45名ぐらいだったように覚えています。自分も老人医療の面白さを感じ始めてきた時期でしたから、いきおい病棟で過ごす時間が長くなりました。後で聞かされたことですが、看護婦長(今は看護師長と呼ぶ)が感心して、まじめでいい先生だと言っていたようです。私にしてみれば、午前中のうちに回診を含め指示を出してしまったほうが午後から自分の勉強ができていいと思っただけです。まず、それまでに投薬されていた薬剤を全部調べ上げ、自分なりに整理し、必要な検査を組み立て採血などの指示を出すともう昼です。そのうちに、自分の指示したとき以外にも採血やCT検査が行われていることに気づきました。これはいわゆる定期採血や検査と呼ばれているもので、別名ルーチン検査とされるものです。この採血の内容や施行時期はプログラム化されていて、患者様の状態に関わらず行われていました。たとえば採血は月2回です。採血の内容も病名に応じて決められていて、自分は結果をカルテに張ったり記録したりするのです。時に自分のオーダーした検査と定期検査が連続して行われたりするため、不都合なこともありました。このシステムの目的は、もれなく異常を調べることもありますが、コスト稼ぎの面も否めません。私はこのようなことを経験しながら、次第にコストを稼げる医師になってゆきました。あるとき、腹部超音波検査をほぼ全員に行うことになりました。毎日午前中に4,5件検査しました。そのため、講習会に参加し何とか技術を覚えました。200名以上の超音波検査をして、自分の勉強にはなりました。また、次第に担当患者様の点滴や注射、薬剤が増えてゆきました。また、中心静脈栄養を施行するケースも増えました。一日に3,4本のカテーテルを挿入したこともあります。
そのように仕事をしていった時期には気がつかなかったことですが、このような医療は患者様の了解などの上に成り立ってはいません。また、患者様の安心や幸せにつながってはいないようでした。何の症状もないのに検査されたり、食事が多少なりともできるのに、中心静脈にされたり、骨を強くする筋肉注射をされたり、そこには今で言うインフォームド・コンセントなど存在していません。たまに、点滴を嫌がる方もいましたが、入院していられるためには仕方ないとあきらめてもらいました。
当時の老人病院は、とにかく入院させてもらっていることが第一の目的でした。いわゆる社会的入院が多くを占めていて、帰るべき家のない方も多くいらっしゃいました。QOLなどという言葉がやっと社会に登場してきたころで、老人病院が患者様の生活の質を大切にしようと考え始めるのはまだまだ後のことでした。
もうひとつの問題は、医師は医療をしようとしているのに、患者様の多くは医療よりお世話が必要であったことです。このギャップが理解できなくて、薬漬け検査漬けの老人医療の全盛期に自分も医師らしくあろうともがいていたように思えます。
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