■ 私の歩んだ老人医療 その1

 私は昭和61年に札幌医科大学を卒業し、すぐに第三内科に入局。同時に大学院に進学しました。第三内科は呼吸器が専門で、大学院の研究のテーマは肺がんのコンピューター診断だったように記憶しています。医者になって2年目の春になり、経済的な事情から、そのころ医局には内緒で当直に行っていた老人病院に勤務することにしました。大学院へはお金をためたら復学するとの約束でしたが、そのまま今日にいたっています。故鈴木明教授は私が民間の老人病院へ就職することを聞くと、ただひとこと、「点滴ばかりするような医者にはなるな」とおっしゃいました。その意味がわかるのは、実際に老人病院に勤務してしばらくたってからでした。

 2年目の医者というのはたいしたこともできず、みようみまねで投薬や検査をしていました。約20名ほどの患者様の受け持ちになり、それなりに夢中で仕事をしていました。あるとき、看護スタッフが「院長は点滴や検査が多い」とか「回診のたびに点滴の指示が出る」というのを聞き、同じような状態の患者様を診ている自分の指示とだいぶ違うのを不思議に思いました。そのうちに、‘コスト’という耳慣れない言葉が、じつは重要な意味を持っていることに気づきました。‘コスト’とは診療や看護行為により生じる請求可能な金額のことをおおよそ表します。そのコストを稼げるスタッフになることが、大切なことになっているのでした。いいかえれば、コストにならないことは、収入につながらないので避けるようになっていました。医療行為はすべてコストになりますから、点滴一本、投薬ひとつが売上になります。そんな環境の中では、どうしても過剰診療になりがちなのも理解できると思います。老人病院では特にその傾向がありました。

 中心静脈栄養法のほうが鼻腔栄養法よりもコストが高いので、そちらを選択しがちになります。すると、24時間点滴になりますので多少意識のある患者様はそれを抜こうとします。そうすると、抜かれると危険なので患者様の手や足をベッド柵などに縛ります。いわゆる、抑制です。また、トイレに介助でお連れするのは手間がかかりますし、コストにはなりません。膀胱にバルーンという管を入れればそんな手間は省けますし、コストになります。その、バルーンを抜こうとするのでまた手足を縛ります。四肢抑制などという言葉もありましたし、夜勤の看護・介護スタッフの仕事のうちで抑制して歩くことが大きなことになっていました。

 私は、当時老人医療とはこんなものだと思っていましたし、それに代わる何かがあるとは正直思いつきませんでした。ただ、いつのまにか自分もコストを稼げる医者になりつつありました。

2003/08/26(Tue) 16:36