| ■ 私の歩んだ老人医療 その10
院長から副院長に降格させられ、さらに担当病棟も削減され、毎日が面白くなく仕事に身がなかなか入りませんでした。午後になるとたいした仕事もなく、副院長室でただ過ごしていることが多くなりました。ある日、こんなことをしていてはいけないと思い立ち、医学書を少しずつ読み始めました。それまでは、忙しさにかまけ、とりあえず目の前で必要な知識を仕入れるだけの勉強をしていましたが、そのときは老人医療一般のことをゆっくり勉強することができました。このときに学んだ知識が、今では大いに役立っています。 高齢者の疾病に感染症(細菌が引き起こす病気)はつきものなので、日本感染症学会にも入会し、新潟の地方会にも参加しました。老人医療は日本老年医学会という大きな学会がありますが、現場レベルではこのように感染症などの知識が役立ちます。そのころ、患者様の痰や尿を培養してみると、いくつかの検体ほとんどの抗生剤が効かない細菌が検出されていました。当時はMRSAという呼び名でも一般的ではなく、それについての知識もほとんど持ち合わせていなかったので、少し後にこれが大問題になるとは思ってもいませんでした。高齢者は細菌感染をおこすことが多く、肺炎による死亡が多いことはよく知られています。また、尿バルーンから尿路感染が引き起こされることも多いのです。尿バルーンについては、なるべく入れないようにするのが原則です。体内の異物はそこに細菌が付着しやすく、感染の原因となることが多いので、なるべく避けるべきなのです。しかし、単に尿量を測定したいとの理由でバルーンを入れられたり、尿意はあるのにトイレに介助してつれてゆくのが大変、という理由で挿入されることもありました。そして、感染が起きると抗生剤を投与していたわけです。その抗生剤も、第3世代と呼ばれる一群の薬品でした。当時は、これらの薬剤の開発競争が製薬会社間で激化していて、病院への仕入れ価格の競争が起きていました。サンプルと称して100本ぐらい無償提供していたりすることは日常茶飯事でした。値引率も数10%に達し、必然的に医療機関には差額が利益として舞い込みました。高価でありしかも仕入れ値が安いとなれば、そのような薬品を使用するのは自然の流れです。当時は薬価の安い従来からあった抗生剤は見向きもされず、いっせいに第3世代のものが多用されていました。
そのような医療機関の感染症へのありかたに、MRSAは大きな問題を提起したと思います。前にも書いたように、当時は老人医療がまだ出来高制だったこともこの背景にあると思います。高齢者は抵抗力が弱く、MRSAなどの細菌にも容易に感染してしまいます。なおさら、慎重に感染症対策をするべきだったのでしょうが、感染対策に診療報酬がついていなかったこともあったのでしょうか、抗生剤の多用が日常化していました。
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