| ■ 私の歩んだ老人医療 その9
抑制 抑制という言葉は「勢いを抑える」というような意味で使われています。しかし、医療関係、とくに老人医療においては、患者様の行動や自由を「制限する」という意味で使用されています。いまは、“抑制廃止”が高齢者医療のキーワードになっていますので、かつてのような“すごい”抑制は見られないようになってきました。私が老人医療に携わったころには、抑制は日常当たり前のことになっていました。具体的には、手足、胴体を縛る。この縛る紐を抑制帯と呼んでいました。車椅子に縛り付ける。さらに、ファスナー付の上下つなぎの服を着せ、そのファスナーには鍵がついていて、自分では服を脱げないようにしてしまう。これらは、物理的に身体の自由を奪うものですが、精神安定剤や向精神約を使い動かなくさせたり、眠らせたりすることもありました。いずれにしろ抑制される患者様は、動きを封じ込められるわけです。では動くと困ることは、たとえば点滴や胃や尿のチューブを抜いてしまう、夜中に徘徊(さまよいだす)してしまう、また、寝てくれない、むやみに立ち上がったり歩いたりして転倒の危険がある、などでしょう。
夜勤の介護さんや看護師さんの仕事のひとつに、患者様へ抑制帯をして回るというのがありました。“抑制の時間”があったのです。たとえば、痴呆でオムツや便いじりをする患者様がいます。すると、それをさせないために手をベッド柵に縛るのです。しかし、胴体を器用に動かしてオムツをはずしてしまう方もいます。すると、次には胴体もベッド柵に結びつけるのです。ここでの問題は、オムツいじりをすることによって困るのはスタッフだということです。スタッフが大変面倒でいやな思いをするから、患者様を縛るのです。患者様がなぜオムツをいじるのかという問いかけの視点はこの行為にはありません。鍵ファスナー付上下つなぎも、そのころは商品として販売されていました。抑制帯も自家製のものだけではなく、商品化されていたものもありました。また、夜になっても眠ろうとしない患者様には、睡眠薬が投与されていました。当時の老人病院での睡眠薬や精神安定剤の使用量は相当なものがあったと推測されます。でも、患者様が夜に眠らないことに、どれだけ大きな問題があったのでしょうか。スタッフの都合や気持ちの問題で、夜は眠ってもらうことになっていたのではないでしょうか。
いまは、抑制はしないで個別にケアをしてゆこうとしています。その分、スタッフは労力が増すような気がするでしょうが、抑制帯をあれこれと工夫して患者様を縛るほうが大変な労力だったのではないかと思います。抑制された側の人格問題などは、いろいろなところで議論されていますので触れません。あらためて振り返ると、ほんの10年前までは抑制することは当たり前だったのです。日本の老人医療は、この例からもお分かりのように日々改善し進歩しています。抑制廃止、はそのころ毎日のように抑制されていた患者様が私たちに教えてくれた大切な教訓なのです。
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