| ■ 私の歩んだ老人医療 その8
当院のホームページのヒット数も8000を超えました。心からお礼申し上げます。 さて、今回は私が老人医療に携わり始めたころを思い出して、今は変わってしまった事を書いてみます。
オムツ 昭和62年ごろの老人病院のほとんどは、布オムツを使用していたと思います。紙オムツがあったことは記憶していますが、品質や価格の面もあったのでしょう、布が主流でした。すべてのオムツは同じサイズでそれを折りたたんで患者様にあてていました。折りたたむときにオムツから出るなんともいえないにおいと埃が記憶に残っています。あるとき、紙オムツの営業が私に教えてくれました。彼は、布オムツの洗濯工場を見学し愕然としたそうです。オムツにはご存知のように小便も大便もついているわけです。現場ではそれらは分別されずに、ひとつの大きな袋に入れて洗濯に出します。洗濯工場でもその袋の中身を大きな洗濯機に入れるわけですから、大も小も混ざり合い、洗濯水が茶色になるのだそうです。その中に大量の漂白剤をいれ、何回かの工程を経て仕上げてゆくのだそうです。仕上がったオムツはもちろん細菌学的にはきれいなわけですが、残留した漂白剤とそれによって痛んだ生地が、私が記憶していたにおいと埃の原因となっていたのです。しだいに紙オムツが進出してきて、今は紙オムツが当たり前になっています。しかし、大と小のついたものを、一緒に廃棄物に出しているのは昔と変わりません。現場で便だけをトイレに流しているわけではありません。環境を考えると果たしてこれで良いのかと思います。
つきそい かつての老人病院の介護は、付き添い婦さんたちが中心に行っていました。2〜4人に一人の付き添いがいて、いろいろなお世話をしていました。彼女たちは病室に寝泊りし、患者様の身の回りの世話をはじめ、簡単な医療行為(検温など)もしていたようです。また、彼女たちの給与は実質的には、公費から支払われていました。これは、国が付き添い制度を認めていたからです。付き添いが良かった点もいくつかありました。まず、患者様と顔なじみになっていたこと。したがって、患者様の状態を良く把握していた方々もいました。看護師顔負けの方もいました。また、細かいお世話ができていたこともあります。もちろん、個人の資質によることが大きく、患者様やその家族とそりが合わないと大変でした。さらに、看護師たちが付き添いにケアを全面的に任せてしまうため、トータルとして患者個人を把握しようとしないことが多々ありました。回診に行っても、看護師が状態を付き添いに聞いていることもありました。運営的には、病院が別会社を作りそこが付き添いを派遣する形をとっているところも見受けられました。そこでは派遣料という形で病院が収入をあげるわけです。付き添い制度をうまく利用して、診療報酬のほかに病院が収益を上げていた姿がそこにありました。結局、付き添いは廃止され、介護力強化病院という制度に置き換わり、介護をする人材を病院が自前で抱えなければならなくなりました。付き添いさんたちの給与は結構な額で、病院職員になった方々は大変な収入ダウンになったようです。平成4年から私が勤務した病院でも、始めは付き添いがいて病院中が大変にぎやかでした。それを廃止したとたんに、まず売店の売上がダウンし、次にトイレットペーパーの使用量が大きくダウンしました。
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