| ■ 私の歩んだ老人医療 その5
厚生省(現厚労省)が監査のために、一民間病院に来ていたという事実は、当時の厚生省の老人医療への取り組みを知るうえで意味深いものがあります。当時の老人病院のほとんどは、特例許可と呼ばれる医師や看護師の数を少なくした形の病院(一般病院に比べ)でした。この形の老人病院の数は全国的に飛躍的に増加していたのが、ちょうどこのころでした。その結果、老人医療費は増加の一途をたどり、その歯止め策として高額のレセプト請求をしている老人病院に監査という形で立ち入り検査がありました。目的は医療費の節約ですが、その際には医療の内容までも問われたのは自然の成り行きでした。しかし、老人医療の内容自体がまだ発展途上だったこのころに、医療の内容自体に根本的に手を加えることはいくら厚生省でもできなかったことです。高齢者医療のありかたを真剣に模索し始めたのは、「老人の専門医療を考える会」などが発足した以降のことです。結果的に、監査は高額な医療をいかに押えてゆくかに主眼がおかれました。
監査当日は、自分の呼ばれる番がくるまで、何を問題点にされるのかはまったく知らされていません。前に呼ばれた医師が、どうやら厚生省の方々(医師です)と口論したらしい。その挙句、「医師免許取り消してもいい」と言われようだなどとか聞こえてきて、私は不安が募ってきました。自分の番になり、部屋に(病院の会議室)入ると自分の担当していた患者様のカルテがいくつか並べられていました。厚生省の技官は3名。私は一人です。院長が横にいたような覚えがありますが、受け答えは自分がしなければなりません。このとき、私は3年目ぐらいの医師です。医学的知識に自信があるはずはありません。まず、薬剤の適応を聞かれました。適応とは、薬剤を投与するにはある病名がなければならないことをいいます。血圧を下げる薬剤で、脳血管障害にも適応があるものがあったのですが、その薬剤には脳血管障害の適応はないといわれました。これには自分も自信なかったのですが、分厚い薬剤の本を読んだ限りでは自分は間違ってはいませんでした。技官もしばらく調べていて、これはまあいいでしょうということになりました。次に、感染症の治療薬剤の選択と培養されて出てきた細菌の薬剤感受性結果が合わないとの指摘でした。これは、抗生剤を投与するときには、目的とする細菌に効果があるものを選択しなければならないということで、まったく当たり前の話です。ところが、自分が使用した薬剤はその培養された菌に効果がないような結果が出てきていたのです。これは、もっともな指摘でした。次に、食事ができる患者様に中心静脈栄養を施行したことについての疑義でした。このケースは食事の摂取量が低下し、普通の点滴が入らなくなってきていた患者でした。しかし意識はしっかりしており、今考えると中心静脈までする必要はなかったかもしれません。技官は経管栄養をまず選択すべきとのことでした。費用を考えてもそのとおりですが、そのときの自分は経管栄養についての知識も十分でなく、点滴が最善の道と思っていました。この後もいろいろ指摘があり、自分の勉強になったのが半分、費用や適応の面から杓子定規に医療を規制しようとする技官への反発が半分でした。そんな自分を、あまりにもかわいそうに思ったのか、一人の若い技官は最後にそっと「いい医療をしてくださいね」と私に告げて帰られたのでした。その言葉が、自分の老人医療への新たな取り組みへのきっかけになったのに気づいたのは、しばらくたってからでした。
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